サッカーにおける「モンゴル」と「日本」の結びつき

サッカーにおける「モンゴル」と「日本」の結びつき

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このコラムは、北のサッカーアンビシャスにて掲載された記事を転載したものです。

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北のサッカーアンビシャスをご覧の皆さま、こんにちは。

私の地元である北海道では、紅葉の色づく季節に差し掛かっている頃でしょうか。今住んでいるモンゴルでは、9月の時点で既に初雪を観測しました(例年通りの気候です)。

北海道よりも少し早いペースで冬が訪れるので、10月には1日の最高気温が氷点下に達することも珍しくありません。

とにかく、「モンゴルの寒さ半端ないって!」ということが伝われば本望です(真冬はマイナス40℃を観測します)。

 

さて、私が今年プレーしたモンゴルリーグは、10月3日にリーグの最終節が行われました。

今回のコラムは、2021年シーズンの結果報告と共に、モンゴルサッカー界のリアルな現状をお伝えします。

 

2021年・モンゴルリーグの総括

 

※10月3日の最終節の様子。当日の最高気温3℃と寒かったので防寒対策バッチリです。

 

私が所属したFCウランバートルの最終順位は、1部リーグ全10チーム中「4位」。今季は優勝を義務付けられていたシーズンでしたが、思い描いた結果を手にすることは出来ませんでした。

特にリーグ最終戦では試合で勝利をつかみ取るも、同時刻に開催されていた他会場の試合結果により4位が確定。優勝どころか3位のメダルも取り逃してしまい、試合後のロッカールームの雰囲気は最悪でした。

逆に言うと、このような状況はなかなか味わえるものではないので、良い経験が積めたととらえるようにしたいと思います(もう味わいたくないですが…)。

個人的にも、シーズンを通じて思うようなパフォーマンスを発揮することが出来ず、総括すると苦しいシーズンを送りました。

 

ちなみに、優勝は「アスレティック220FC」が昨年に続き2連覇を達成。来季のAFCカップ(アジア諸国による国際大会)への切符をつかみました。

2位は、モンゴル国内で若手選手の育成に定評がある「デレンFC」が初の表彰台へ。3位は、昔からの名門クラブである「SPファルコンズFC」が獲得。

最終節にもつれた各チームの劇烈な優勝争いは、見ている人たちにとって楽しいシーズンになったことでしょう(選手たちはとても大変ですね!笑)。

 

また、多くの日本人選手も活躍を果たしました。

1部リーグ全10チームのうち、6チームに日本人選手が所属(総勢11人)

優勝したアスレティック220FCや、3位のSPファルコンズFCは、日本人選手がチームの中心としてプレーしており、上位進出の原動力となりました。

下位グループでも、日本人選手たちが各チームに所属。苦しい残留争いに巻き込まれる中、チームを鼓舞してプレーする日本人選手の活躍が目立ちました。

また、2部リーグ優勝を決めた「ホブドFC」にも日本人選手が2人所属し、1部リーグ昇格の原動力となっていました。

 

※対戦相手のホルムホンFCに所属する日本人プレーヤー(渡邊選手・伊津野選手)と試合後に話す様子

 

コロナ禍の影響でリーグ戦の開催日程が「2か月間」という短期決戦の中、私を含めた日本人選手全員が大きなけが無く最終節までプレー出来たことは、本当に良かったと思います。

中2日~3日で18試合を消化するスケジュールは心身ともに消耗が激しく、医療体制が日本より劣るモンゴルでは、コンディション調整にも大きく気を使う必要がありました。

難しい状況のなか、シーズンを無事に終えることが出来たことに、私自身は「ホッとしている」のが正直な心境です。

 

モンゴルサッカー界は変革期を迎えている

 

※モンゴル代表がキルギス代表から勝利を収めた試合、2021年6月7日、大阪長居スタジアム(出典:Mongolian Football Federation Facebookページ)

 

2021年のモンゴルサッカー界は、さらなる発展に向けて大きな変革の時期を迎えています。

 

同年4月より、モンゴル代表とU-23代表の兼任監督に就任したのは、Jリーグ・ブラウブリッツ秋田や愛媛FCで監督を務めた間瀬秀一氏です。

同氏は、元日本代表監督のイビチャ・オシム氏がジェフユナイテッド市原・千葉を指揮していた時代に通訳を務めた方で、現役時代はクロアチアや北中米の国々を舞台にプレー。

今回は、日本サッカー協会の「アジア貢献事業」の一環として監督就任が実現し、モンゴル代表に初の日本人監督が誕生しました(2021年現在、モンゴルU-17・U-20女子代表監督も日本人の河本菜穂子氏が務めています)。

 

◆国際交流・アジア貢献事業の詳細については、下記URLをご参照下さい。

 

2021年3月30日、2022FIFAワールドカップ・アジア2次予選で、日本代表に「14対0」というスコアで大敗したモンゴル代表。

その試合後に就任した間瀬監督の初陣は同大会予選の最終節、モンゴルにとっては格上であるキルギス代表との対戦でした。 ※2021年9月16日発表の最新FIFAランキングは、キルギス代表が98位、モンゴル代表が184位

6月7日に大阪長居スタジアムで開催された同試合は、前半34分にセットプレーから先制点を奪ったモンゴル代表がリードを守り抜き1-0で勝利。モンゴルサッカー界にとって、歴史的な大金星を収めました。

このように、日本人指導者が中心となって同国代表チームの強化も進んでいます。

 

また、国内リーグにも変革がありました。

例えば、今季より1部リーグ年間順位9位(1部リーグ・全10チーム)のクラブと、2部リーグ年間順位2位のクラブによる、昇降格を賭けた「入れ替え戦」が実施されます。

例年は1部リーグの下位2チームと、2部リーグの上位2チームが自動的に入れ替わる規定でしたが、今年は10月17日10月19日に開催される2試合の合計スコアによって昇降格するクラブが決まります(1部リーグ最下位クラブと、2部リーグ優勝クラブは自動的に昇降格が決定)。

選手にとって入れ替え戦は、まさに「運命を賭けた戦い」になることでしょう。

もし自分がこのような場に立つと考えたら、かなりのプレッシャーを受けるでしょう(特に1部リーグのクラブは大きな重圧がありそうですね)。

サポーターやファンからすると、楽しみな試合が増えるので、良い変革なのかもしれません。

 

その他にも…

  • 代表チームの定期的な活動(合宿やトレーニング等)
  • 走行距離やスピードを計測するGPSの導入
  • リーグ開催時期の変更(コロナ情勢に左右される可能性あり)
  • 国内メーカーによる各クラブや代表チームのサプライヤー
  • SNSを活用したメディア戦略等

モンゴルサッカー界全体が「変革期」を迎えていると、私は現地に滞在して実感しました。

 

モンゴルと日本の強い結びつき

 

※コロナ禍においても、多くの日本人がプレーした2021年のモンゴルリーグ

 

今後も大きく発展していくことが期待されるモンゴルのサッカー界。

コロナウイルスの影響を大きく受けて、リーグ戦の開催自体が中止に追い込まれるような国(特にアジア)もある中、モンゴルは変則的なスケジュールながら無事に2021年シーズンを行うことが出来ました。

まずは、私自身がそのような環境でサッカーをプレー出来たことに感謝したいと思います。

 

そして、私が初めてモンゴルでプレーした2015年から比べると、現在のモンゴルサッカー界は本当に大きく変化しました。

このように、一国のサッカー界の「発展」「成長」を身を持って体感出来ることは、他の日本人選手には無いオリジナルな財産だと思います。

もちろん、どんな環境であろうともプロサッカー選手なので「結果」を求められることは当たり前です。

しかし、モンゴルという国のサッカーを通じて、結果以上に様々な「経験」を得られることは、一人の人間として大きく成長出来るのではないでしょうか。

 

とても高いポテンシャルを秘めた若いモンゴル人選手が、各クラブで活躍している姿を間近に見て、「モンゴルサッカーの未来は可能性に満ちているな」と感じたのが、今年モンゴルでプレーした私の総括です。

そして、同国代表の日本人監督就任や国内リーグでプレーした多くの日本人選手など、「日本」との結びつきが強いモンゴルサッカー界。

この事実を少しでも「多くの日本人に『伝える』こと」も、私の役割の1つではないかと、最近は考えています。

 

 

About The Author

大津 一貴
夢を諦めて一般企業へ就職するも、22歳でがんを患い生き方を改める 。その後、脱サラして海外でプロサッカー選手に。モンゴル1部・FCウランバートル所属。1989年10月25日生まれ、北海道出身。

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