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「サッカーが自然と上手くなる環境!?」欧州・リトアニアで感じたこと

「サッカーが自然と上手くなる環境!?」欧州・リトアニアで感じたこと

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このコラムは、北のサッカーアンビシャスにて掲載された記事を転載したものです。

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北のサッカーアンビシャスをご覧の皆さま、こんにちは。

今回は私の近況報告を交えつつ、サッカーの本場である「ヨーロッパ」で実際に体験したことをお伝えします。ヨーロッパには、「自然とサッカーが上手くなる環境」が存在していました。

 

ヨーロッパ挑戦の経緯

 

まず、私自身の近況をご報告します。

昨年に引き続き、2021年もモンゴルリーグのFCウランバートルとの契約を更新しておりましたが、コロナウイルスの影響により現地へ渡航できずにおりました。

本来であれば4月にリーグが開幕する予定だったので、3月に現地へ向かう予定でしたが、7月現在も開幕時期が未定であり、渡航するにも多くの制限があり、時間だけが過ぎていく日々でした。

 

※このスタジアム(モンゴル)に戻ることができない状況が続いています

 

このような状況を踏まえて、渡航できる目途が立たなければ「契約期間内でも他国へ移籍してもOK」と、話し合いの結果、チームから了承を得ました。

私の第一希望はモンゴルでプレーすることですが、やはり選手としてピッチに戻りたい気持ちが強く、他国への移籍を模索し始めました。

しかし、ここでもコロナ禍の影響が非常に大きく、中々活路が見出せない状況が続いていたのですが、6月に入ったところで欧州のリトアニアにてトライアルに参加できる話を受けました。

リトアニアは6月3日から入国制限が緩和され、日本人はPCR検査の陰性証明があれば強制隔離期間無し(自主隔離はあり)で入国できるようになり、私は迷わず挑戦する道を選びました。

 

 

欧州の小国でも”サッカーが上手い”

 

私がトライアルに参加したのは、リトアニア1部リーグのとあるクラブで、約2週間ほどチーム活動に帯同しました。

リトアニアはJリーグと同様の「春―秋制」のレギュレーションで、現在はシーズンの真っ最中です。帯同中はリーグ戦とカップ戦を合わせて、3試合見ることもできました(観客動員も制限が無く、現地クラブのファンもスタジアムに足を運んでいました)。

 

※現地スタジアムの様子

 

リトアニアの人口は約279万人(茨城県の総人口とほぼ一緒)と、ヨーロッパの中でも小国の部類ですが、決してサッカーのレベルは低い訳ではありません。

むしろ、Jリーグで活躍しそうなレベルの選手も多くプレーしていました。我々日本人が知らないだけで、やはりヨーロッパはサッカーの本場だと思いました。

 

特にフィジカル的な要素(球際の強度、空中戦の高さなど)はレベルが高く、172cmの私では、ヘディングの競り合いで勝機を見出すことができませんでした。

私が見た限り、どのチームもCBは190センチ超えが当たり前で、更に足元の技術もしっかりしています。

 

また、上位クラブはチーム・個人レベルで「サッカーが上手い」印象でした。その時々で「今何をするべきか」という判断が常に正しく、サッカーの本質を射抜いたプレーが多かったです。

中々言葉で表すことが難しいのですが、日本のサッカーとは「種類が違う」と感じました。

 

環境が選手を成長させる

 

私が帯同したチームの選手構成は、リトアニア人選手が一番多く、その他にはロシア、ウクライナ、ラトビア、イングランド、イタリア、カザフスタン、ガーナ、ナイジェリア、日本…非常に多国籍でした。

というのも、リトアニアリーグではJリーグと同様に「外国人枠」が存在するのですが、EU圏内の選手は外国人扱いされません

その為、ヨーロッパの国籍を所持している選手の流動は激しく、中には「アフリカにルーツがあるけどパスポートはイタリア」のような選手も多く存在します。

 

 

この環境下で必然的に起きることは、「競争」「コミュニケーション」です。

 

島国の日本に生まれ育つと中々想像できませんが、レギュラー争いでは常に外国籍の選手たちが加わってくるのです。

そのため、試合に出場するには自然と練習から激しさが増します。紅白戦では球際の競り合いも本番さながら。味方へ要求することは当たり前ですし、そこには意思疎通を図る為のコミュニケーション能力も重要になります。

また、チームのミーティングは「リトアニア語→英語」の順で行われており、活躍するには言語能力も必須です。

 

更に、面白かったのは選手同士の会話です。とある選手同士は英語で話しているけど、別の選手同士はロシア語で話していたり、現地の選手同士はリトアニア語で会話していました。

ロッカールームでは様々な言語が飛び交っており、ここでもコミュニケーション能力や言語力の重要性を実感しました。

 

 

ヨーロッパの小国であってもこのような環境で毎日サッカーが行われているので、欧州トップリーグとなると、更に競争は激化するでしょう。

また、選手は生き残るために必死に個人とチームの結果を残す必要があるので、母国語が違う人間同士がコミュニケーションを取らざるを得ない環境が自然と出来上がっています。

 

日本人の場合、多くの選手はJリーグでの活躍を経てからヨーロッパに行きます。また近年では高卒や大卒の年齢で、直接ヨーロッパに渡る選手も増えました。

しかし、ヨーロッパ現地の選手たちは子供の頃から前述のような環境でプレーしているのです。

その経験値や場数の差は非常に大きいですし、まさに、「サッカーが自然と上手くなる環境」と心の中で勝手に称してました(勿論、真剣に練習へ取り組んだ結果という意味で)。

 

それを目の当たりにして、「そりゃ日本が簡単にヨーロッパの国々に勝てるわけないよなぁ」と、実感することができました。

この事実を肌で知る日本人選手や指導者が増えていくと、日本サッカー界のレベルを更に向上させられるとも思いました。

 

驚きの結末…

 

さて、肝心なトライアルの結果ですが…。

まだ契約の合否が出ていない段階で、びっくり仰天な連絡が届きました。

 

※イメージです

 

元々契約していたモンゴルのFCウランバートルから「ビザを出せるようになったから戻ってこい」との連絡が届きました(本当はこんなにあっさりしていませんよ・笑)。

7月11日現在、モンゴルへ入国するための渡航制限は色々とあるのですが、なんとかクリアにできそうな目処が立ったので、今のところ8月を目安にモンゴルへ行く予定です(コロナ禍の状況によって変わるかもしれませんが…)。

 

思わぬ形でトライアルは終了。人生、何が起こるか分からないものです。

斜め45°の角度からアウトサイド回転でシュートを打つぐらい意表を突いたこの結末は、自分でも全く予想できませんでした。

 

現地クラブからは、もう少しプレーを見たいと言ってくれていたようで、少し残念な気持ちがあるのも正直なところです。

ただ、モンゴルでプレーすることが自分にとっては一番の希望だったので、引き続き良い準備をしていきたいと思います。

 

そして、短い期間でしたがリトアニアでヨーロッパのサッカーに触れたことは、自分のサッカー人生において大きな財産になると感じています。

この経験を最大限生かしていくことや、このような場を借りてリアルな情報を発信していくことが、自分に出来る大切なことだと思っています。

 

※リトアニアの町並み①
※リトアニアの町並み②
※リトアニアの町並み③

About The Author

大津 一貴
夢を諦めて一般企業へ就職するも、22歳でがんを患い生き方を改める 。その後、脱サラして海外でプロサッカー選手に。モンゴル1部・FCウランバートル所属。1989年10月25日生まれ、北海道出身。

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