大津一貴 オフィシャルブログ『Special One』

阿部速秀と大津一貴 ~Good luck HIDE~

 







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・脱サラ海外リーガー(プロサッカー選手) ・癌サバイバー 2018年現在、モンゴル1部のFCウランバートル所属。 1989年10月25日生まれ、北海道札幌市出身。 ■当ブログのコンセプトはこちら ■詳しいプロフィールはこちら ■お問い合わせはこちら

同じチームメートの日本人、阿部速秀(以下:ヒデ)がシーズン途中だけど、昨日帰国した。

理由の詳細を自分はこの場では書かないけど、ざっくり言うとチームで色々と問題があって、ヒデは帰国せざる終えない状況になってしまった。

大卒1年目で、他国にもトライアルに行っていたが決まらず、プレーする場所を求めてモンゴルに流れ着いたらしい。

自分はシーズン前の3月からFCウランバートルと既に契約していたので、ヒデとの出会いは彼がうちのチームにトライアルに来たとき。

自分がヒデのプレーを見て抱いた第一印象は、「技術的には良いものを持っているけど、メンタル面で不安要素ありだな」と。

 

その第一印象通りだった。

FCウランバートルと契約してチームメートとなったけど、開幕戦ではことごとくチャンスを外し、その後の試合でも中々結果を残すことができずにいた。

良いプレーは随所にある。

ドリブルやパスも上手い。

だけど、ゴールや勝利という結果が付いてこない。

明らかに、メンタル面で上手くいっていない様子だった。

 

そのストレスも溜まっていたんだと思う。

とある試合で、余計なイエローカードを二枚もらい、ヒデは退場した。

 

自分は、ヒデの気持ちも理解していたつもりだった。

初の海外生活、ピッチ外でも色々と上手くいかず、チームでも個人でも結果が付いてこない。

フラストレーションが溜まらない訳が無い。

それを踏まえた上で、色々と個人的にヒデとは話しをしていた。

ヒデが成長し、結果を残せる選手になることが、このチームにとって絶対にプラスになると思っていたから。

 

 

でも、プロの世界では絶対にやってはいけないことがある。

それは、「途中で試合を捨てること」である、と自分は考えている。

退場した試合でヒデは、残り10分の状況で試合を捨てた。

試合終了後のロッカールームで、自分とヒデは殴り合いの喧嘩をした。

自分から先に手を出したので、きっと今の日本なら即効クビだろう。

ニュース沙汰にされて、サッカー界に戻ってこれないかもしれない。

結局、チームからは罰金だと言われた。(結果的に無くなったけど…)

でも、そこまでしてでも、自分は試合に勝ちたいと思っていた。

だから、強く言い放った。

「全力でやれないなら日本に帰れ」と。

 

 

だけど、リーグ戦の後期が始まって、少しずつヒデのプレーが良くなってきた。

それは、メンタル面で少し変化があったからだと思う。

元々持っていた良い技術が、ようやく試合で本領を発揮され始めていた矢先、ヒデは怪我をしてしまった。

結局、チーム内の問題も重なり、シーズン途中での帰国となってしまった。

 

オレは、やっぱり残念な気持ちが強い。

少しずつ良くなってきた兆しが見えてきた時だったから。

チームにとっても、ヒデが居ないと戦力ダウンだし、なによりも成長していく姿を見れなくなってしまったのが残念。

できれば、最後まで一緒にシーズンを戦いたかった。

だけど、次の目標に向かうことを選択したヒデのことをリスペクトしてる。

オレが色々嫌なことを言ったり、喧嘩もしたけど、オレは応援してる。

だから、もっともっと強いメンタルを手に入れて、その技術をもっと活かして、もっと上のカテゴリーで活躍できるように頑張れ!

 

ちょっと早めのお別れになったけど、ヒデと出会えたことで自分自身も成長することができたと思う。

自分もこの先どうなるか分からないけど、試合に出るときはヒデの分も背負って戦おう。

サッカーが繋げてくれた出会いに感謝。

大津一貴

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